翔鶴型航空母艦1番艦。ミッドウェー海戦において4隻の日本空母が沈んでしまった後、日本の機動部隊を弟の瑞鶴と共に支えた。大破状態の自信を囮に使おうとするなどその艦生は苛烈を極めた。何かと瑞鶴に比べ不幸が多かったために、「被害担当艦」と呼ばれた。