嘉永5(1852)~明治元(1868) 肥前国唐津 唐津の貴公子、北の大地に散る――唐津藩主小笠原長泰の四男。義理の叔父小笠原長行を追い、新選組隊士として蝦夷に渡る。七重村の戦いにて単身敵陣に飛び込み戦死。17歳の少年の死は深い悲しみをもたらした。 「いつまでも守られてばかりの若様じゃない。僕がみんなを守るんだ……!」 (文:じゅれいく)